広島家庭裁判所 昭和63年(家)424号 審判 1988年10月04日
申立人 森田君子
相手方 江藤正
上記当事者間の財産分与申立事件につき、当裁判所は、参与員西俣信比古、同舩木善雄の各意見を聴き、審理を遂げ、次のとおり審判する。
主文
相手方は申立人に対し財産分与として、金1,429万円並びにこれに対する本件審判確定の日の翌日から支払い済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
鑑定人○○○○に支給した鑑定費用金20万円は、申立人相手方各「二」分の「一」の負担とする。
理由
〔はじめに〕
調停申立当初における本件申立の趣旨及び申立の実情は要旨
相手方は申立人に対し、財産分与等として金1,170万円を支払え。申立人は、昭和61年12月1日相手方と協議離婚をしております。その前に相手方から、申立人との共有名義の○○の土地を売却するために、相手方一人の名義にした方が売却しやすいからその趣旨の念書に署名押印をするよう要請がありまして念書を交わしております。念書の土地がいつ売却できるかわからないので、早く前記申立の金額を支払つてくれるように交渉して参りましたが、話し合いに応じてくれないので調停をお願いするものであります。
というものであり、審判移行後申立の趣旨の拡張がなされたが、その主張の要旨は、
相手方は、申立人に対し、財産分与として金1,525万円を支払え。
申立人は相手方の資産形成については多くの貢献をしており、少なくとも財産の半分については権利があり、貸金も90万円貸付けていることを考慮すると少なくとも、金1,525万円の財産分与を受ける権利がある。
というものである。
しかして、一件記録によつて明らかなとおり、本件調停の経過は次のとおりである。
「本件調停の経過」
昭和62年(家イ)第○○○号調停事件
申立 昭和62年2月13日
第1回調停期日 昭和62年4月28日
第13回調停期日 昭和63年3月15日
不調により本件審判へ移行
その間、
第5回調停期日 (昭和62年8月6日)まで、終始相手方は、申立人が婚姻後居住してきた△△の住居を退去して明渡さない限り財産分与として支払う金額を提示しない旨固執し、あくまで△△の家屋明渡の先履行を要求した。
相手方は、明渡期日を定めてそれまでに申立人の明渡が履行されたならば、財産分与の支払額を提示する旨約束したので、調停委員会は、
第6回調停期日 (同年9月10日)において、申立人を説得のうえ居住中の△△住居を同月21日までに明渡すことを約束させ、相手方にも誠意ある支払額の提示を要請した。これを受けて申立人は、上記約束どおり期日までに明渡しを履行した。しかしながら、相手方は、
第7回調停期日 (同年9月22日)において、誠意ある支払額の提示を渋り、漸く50万円の額を提示するという始末であつた。
この金額は、念書の内容からみても不当に低額であり、これまでの調停の経過からみても信義に反した回答であると認めた調停委員会は、相手方の求める明渡しに誠実に応じている申立人をして○○○での居住を失わしめて財産分与の支払い不履行をこのままでは既成事実化させる恐れがあるため、同期日に調停前の仮の措置として、本件調停事件終了に至るまで、申立人が従来どおり△△の住居に居住することを相手方は妨げてはならない旨決定した。
相手方が不当に低額の金額を提示したことにより、申立人は一旦退去した住居に再び入居することになつたのであり、申立人はこれに要した引越費用等約8万円の出費を余儀無くされた。なお、同期日の終り頃相手方は200万円の額を仄めかすに至つたが具体化せず期日は続行となつた。
第8回調停期日 (同年10月13日)から第11回調停期日(昭和63年2月4日)までの間も、相手方は分与額の誠意ある提示をせずこれを引き延ばし、調停期日の変更を求めたりして、進展が見られなかつた。
その間に、相手方はしばしば申立人の住居を訪れ明渡しを求めて嫌がらせなどに及んだ節も窺われ(昭和63年7月1日申立人審問調書第2項参照)、申立人は遂にやむなく××市の姉宅に一時転居するに至つた。
第12回調停期日 (同年3月1日)において、相手方は100万円の内金支払を一旦は了承したかに見えたが、総額の内示を求められるに及んでこれを撤回し、
第13回調停期日 (同年3月15日)に至り、調停不調により審判に移行した。審判移行後、申立人の申請に基づき、昭和63年3月22日相手方所有名義の△△及び○○の各不動産につき上記調停の経緯に照らし相当と認め処分禁止の仮処分決定がなされた〔昭和63年(家ロ)第1001号不動産処分禁止の仮処分事件〕。
申立人に対する審問(計3回)の結果及び相手方に対する本人尋問(計4回)の結果並びに証人竹川弘之、同井本則男、同江藤富子の各供述並びに当事者から提出された各書証、鑑定人○○○○の鑑定の結果、家庭裁判所調査官○○○○作成の調査報告書(添付書類を含む)等本件の一件記録並びに審判の全趣旨を総合して、認定した事実関係並びにこれらに基づく当裁判所の判断は、以下のとおりである。
第一「当裁判所の認定した事実」
〔婚姻及び離婚に至る経緯〕
1 相手方は、○○銀行××支店勤務当時、同支店得意先として出入りしていた○○所在○○寺の若奥さんであつた申立人と知り合い、昭和42年5月16日申立人と婚姻するに至つた。
2 それより前、相手方は同支店庶務係勤務の塚田邦子と知り合つて昭和37年11月16日婚姻し長女富子(昭和39年2月24日生)をもうけたが邦子とは不和となり、やがて邦子に対する離婚調停を昭和40年○○家庭裁判所○○支部に申立て、離婚交渉中乳児富子の世話を申立人に依頼し、申立人の協力を受けていた。
3 昭和41年7月18日成立に辿り着いた申立人と邦子との離婚調停条項の要旨は、
(イ) 調停離婚して、富子の親権者を江藤正と定める。
(ロ) 江藤正は慰謝料総額50万円を支払う。
(但し、内30万円は同年同月25日限り、残20万円は月2万円づつ同年8月から同42年5月まで10回分割して支払う。)
という内容であつた。(申立人江藤正相手方江藤邦子昭和41年7月18日付○○家庭裁判所○○支部昭和40年(家イ)第○○○号調停調書写し参照)
4 先妻との離婚後相手方は、同銀行××支店に転勤し、後記第二IV(二)〔ロ〕の△△の土地の項において検討のとおり、主として申立人の資金提供により、申立人肩書住所地に存する△△の土地を購入し、乳児富子を撫育する申立人と共に昭和42年春から新婚生活に入り、同土地の上に新居を建てて生活した。新婚当時の相手方の月収手取りは5万円程度であり、その内から前記慰謝料の月払額2万円と当初の家賃1万3,000円を支払つた残り1万7,000円程度で家計を賄う申立人の遺り繰りは楽ではなかつた。
5 昭和47年に至つて相手方は○○○○○○販売株式会社に転職し、申立人は昭和49年3月12日富子を養女とする縁組をし、その教育にも心を配りつつ主婦としての生活を営んでいた。富子の短期大学(○○市所在)入学に際しての出費や学費の一部も申立人の出捐に負うている。
6 昭和60年7月頃から、相手方は別居し、○○の相手方肩書住所に住む同人の母松子と二人で暮らし、これより前の昭和59年4月短期大学卒業直後保険会社に就職した富子と申立人とは上記△△の住居で暮らしていた。しかし松子の扶養のことから、昭和60年11月23日頃に至つて相手方から離婚の話が出されるに至つた。
7 昭和61年7月から相手方は生活費も渡さなくなつて、離婚の話が具体的に進み、昭和61年9月19日相手方と申立人とは念書(昭和61年9月19日付念書参照)を交わすと同時に協議離婚届書を作成し、同年12月1日協議離婚するに至つた。
離婚に至つた事由については、必ずしも明確な陳述が双方から得られなかつたが、相手方の母松子の同居ないし扶養を巡つて夫婦間に溝が生じ、種々の事情からお互いの愛情が薄くなつて離婚も止むを得ないと双方が考え協議離婚に踏切るに至つたことが窺える。
8 昭和62年1月富子はアパートに移り、△△の住居に残つている申立人は、同年2月10日頃△△の住居に戻つて互いに口も利かぬ生活を始めた相手方からは住居を出るように迫られ、しかも上記念書に定める財産分与金の支払いがなされぬまま推移しているため申立人は、本件財産分与の調停申立をした。
第二「当裁判所の判断」
I
〔念書について〕
まず、上記第一の7で述べた「念書」について検討する。昭和61年9月19日付念書の内容の要旨は、以下のとおりである。
(1) 申立人相手方共有名義の登記のある○○の土地を売却して得られる金員の半分を申立人に分与する。
(2) 上記の売却を容易にするために、申立人の共有持分を相手方に移し相手方の単独所有名義にする。
(3) 申立人に無断で上記土地を処分しない。
上記念書は、離婚の協議中申立人から財産分与の要求を受けて相手方が成文を練り、立会人を得て協議離婚届出用紙の署名捺印の際一緒に作成されたものである。かかる事実に照らせば、本件念書は双方間の離婚に伴う財産分与契約の性質を有するものと解される。
ところで、上記○○の土地(登録簿上の地番○○○区○○×丁目×××番×)についてはその登記簿謄本の記載から明らかなとおり、
<1> 協議離婚届出前である昭和61年9月30日付で早くも、共有名義から相手方の単独名義に所有権移転登記され、念書の要旨(1)に従い当然売却に出されている筈の土地に、
<2> 昭和62年1月23日付で、昭和61年12月15日債務者を相手方抵当権者を竹川弘之とする極度額1,000万円の根抵当権設定を原因とする一番根抵当権設定登記がなされている。
申立人の了解を得て<2>の根抵当権設定登記がなされた形跡はない。
このような無断の根抵当権設定行為は、念書の上記要旨(3)無断で処分しないとの約旨に違背するものであり、且つ対象主地の売却を困難ならしむる性質のものである。
夫が、妻と協議離婚の交渉中その共有名義になつている土地を財産分与の原資を得る目的で売却するために単独所有名義にすることの合意をしたうえ、これを自己の単独所有名義に所有権移転登記を経由したままで売却せず、協議離婚届出後も財産分与金を未払いのまま、前配偶者(妻)に無断で第三者のために根抵当権設定登記をしたときは、前配偶者(妻)に対する背信性を否定できない。
○○の土地は、申立人に離婚に際し支払う慰謝料、財産分与資金調達の目的で売却が予定されているのに、相手方は上記根抵当権者竹川弘之(中学の同級生)から2,000万円を借入れ1,300万円を手許資金として保有している旨審判廷において宜誓供述している(昭和63年7月1日相手方尋問調書第12項――手形の書き換えは、3か月ごとにやっていて、昨日(6月30日)に書き換えたばかりです。――参照)。相手方は、念書の約束を履行しないまま、無断で根抵当権を設定のうえ、借り入れた多額の現金を保有していると供述しながら、財産分与金を申立人には支払つていないのである。相手方は自ら作成した念書の約束を反故にしていると言わざるを得ない。
このような相手方の背信行為と調停・審判の経過とに照らせば、当裁判所は、念書の内容に拘束されることなく、更めて審判により公正な分与の額を定める必要が生ずる。
II
〔財産分与契約(念書)の拘束力からの解放〕
本件財産分与申立事件が調停から審判に移行したこと自体、当事者間に念書を前提とした協議が調わなかつたことを意味している。また、申立人において、念書の契約につき解除の意思表示という明確な形式を踏んではいないにしても、本件申立の趣旨及び実情とこれらを踏まえた申立人の陳述及び提出された証拠に照らせば、念書には依拠しないで新たに適正な解決を当裁判所に求めているものと認められるうえ、相手方も調停・審判において自ら念書の契約内容の否定を前提とした主張と金額の提示をし続けてきたことに照らし、当裁判所はもはや念書の内容並びに当初の申立の金額に拘束されないで衡平且つ適正な解決をなすのが相当である。(なお、昭和36年2月27日福岡高裁判決下民集12巻2号386頁、昭和32年2月12日仙台高裁判決下民集8巻2号272頁、昭和41年7月15日最高裁判決民集20巻6号1197頁、参照)
なお、調停の経過から判明したとおり、相手方は、自ら提案して「念書」の方法で締結した離婚に伴う財産分与契約を、種々の言辞を用いてその履行を引き延ばしていた(その売却金を財産分与に当てるとした○○の共有土地を相手方単独名義に速やかに変更したうえ協議離婚の届け出後申立人には無断で1,000万円の根抵当権を設定した相手方の行為と、更には、このため売却の条件がより悪くなり、売れないことを理由として、申立人に対しては念書による財産分与の履行の遷延を合理化し、そのうえ申立人の退去明渡しを強く求めて○○の土地を相手方自身の占有支配下に置こうとした相手方の隠れた行為に照らせば、時の経過に任せて最終的に自己の所有に帰せしめる意図ありとの疑いが払拭できない)し、調停においてこれまでに低い金額の提示をしていた(その実相手方は、更に審判の審理の過程で判明したとおり、退職金270万円を得ており且つ相手方は旧友竹川から2,000万円の融資を受けて500万円、700万円等の現金を調停の進行中にも知人に貸付けていた旨審判廷で言明して恥じない状況にある)これら背信性に照らし、○○○から遠方に離れた申立人が、相手方の引延しと不誠意に翻弄され、財産分与の履行を求めて徒労し困惑する内に、有耶無耶にされる可能性が将来増大していくことに鑑みると、本件事案の公正な解決のためには、申立人相手方間の「念書」による分与方法を自紙に戻して財産分与を検討することが相当且つ必要となつてくる。
よつて、当裁判所は民法第768条第3項に基づき、前述のとおり念書の内容並びに当初の申立の金額に拘束されないで、更めて事案の具体的内容に即し必要な一切の事情を考慮したうえ本件財産分与事件を審案すべきこととなる。
III
〔婚姻中の財産関係〕
両当事者の婚姻中の財産関係は、先に〔婚姻及び離婚に至る経競〕において認定した各事実並びに一件記録を総合して、大要以下のとおりであると推認できる。
(1) 相手方は、婚姻の当初から離婚に至るまで会社員として稼働し、離婚した年の年間給与所得は595万円(家庭裁判所調査官○○○○作成の調査報告書添付の昭和61年分源泉徴収票写し参照)であり月額基本給与は43万円(同調査報告書添付の昭和62年2月分給料明細写し参照)である。
(2) 申立人は、婚姻の全期間主婦として家事・育児に従事し、相手方との婚姻前に取得した貯えやパート労働で得た収入を家計の補いに費消した他は、主として相手方の収入によつて婚姻中の費用が賄われていた。
(3) 協議離婚後程なく相手方が○○○○○○販売株式会社から支給された退職金手取額は270万円である(昭和63年4月4日相手方尋問調書第34項、家庭裁判所調査官○○○○の照会に対する○○○○○○販売株式会社取締役社長土田幸一作成の回答書、各参照)。
(4) 両当事者が婚姻中に取得したものと認められる不動産は、
以下のとおりで、いずれも現在相手方単独の所有名義になつている。
<1> △△の土地(217.88m2)○○○区△△×丁目××××番××所在
<2> 同土地上に二階建居宅(木造亜鉛鋼板葺)1戸
<3> 宅地(185.00m2)○○○区○○×丁目×××番×所在
但し、この土地は、最初申立人と相手方との共有名義であつたが、昭和61年9月19日付「念書」により相手方は、売却して財産分与に当てるためにとの名目で、相手方の単独名義に変更している。
<4> 同土地上に居宅1戸
<5> 畑(184m2)○○○区○○×丁目×××番×所在
(5) 離婚時の財産清算状況
当事者間で前記の念書を交わした他には、何らなされていない。
IV 〔分与の対象となる財産の検討〕
上記IIIに認定の財産状況に基づき、その形成された財産の分与につき順次検討する。
(一) 退職金270万円
先に認定したとおり相手方が昭和47年1月頃から昭和63年3月22日まで在職した○○○○○○販売株式会社支給の退職金の手取額は270万円である。
この在職期間の殆どの部分は、これより遥かに長い申立人と相手方との婚姻期間に略ぼ重なつており、相手方はその間も申立人から家事労働を含め種々の協力を得て勤務を続けてきたことが推知され、申立人の主婦としての寄与貢献を考慮すると、
その寄与割合は少なくとも30%と評価するのが相当である。
270万円×30% = 81万円 従つて、
退職金270万円の内少くとも81万円を申立人に分与すべきことになる。
(二) 不動産
上記IIIの(4)に摘示した現在相手方所有名義<1><2><3><4><5>の各不動産のうち、
〔イ〕 <2><3><4><5>の各不動産は、
その取得資金の大部分は相手方の出捐によるものと推認されるところ、申立人において幾許かの出捐のあつたことは窺えるもののその額は今一つ定かでない。従つてその限度では申立人に不利ではあるが、<2><3><4><5>の不動産はいずれもその総てを相手方に分与取得させるのが相当である。
〔ロ〕 △△の土地――購入の経緯並びに分与の相当性
次に、同<1>の不動産(△△の土地)――宅地217.88m2(65.91坪)所在○○○区△△×丁目××××番××――につき検討する。
一件記録並びに申立人に対する審問の結果及び相手方に対する本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。
(1) 相手方と申立人とは、相手方と先妻邦子との調停離婚成立時(昭和41年7月18日)前に既に、結婚することに合意して、その新住居を広島に設けるべく○○○市の郊外に100万円程度の土地を購入することを話し合つたが、当時相手方は、他に負債のあるうえ邦子とは離婚調停係属中であつて邦子への慰謝料支払いが待受けており、同土地購入資金に乏しく苦慮している状況にあるため、申立人は同土地購入資金の大半である金80万円を同年4月頃までに提供した(昭和41年4月4日付江藤正作成名義森田君子宛金80万円借用書参照)。
(2) 申立人のこの80万円の提供は、同借用書中に、「上記金額土地購入資金として」の文言と共に購入土地である△△の土地の地番並びに面積65.91坪がいずれも明記されていることからも明らかなとおり、その意味するところは△△の土地購入の資金の出捐提供であり、申立人において後日の証拠として残すために相手方に求めて借用書の形式で作成させたものと考えられる(昭和63年5月13日申立人審問調書第6、7項、同年5月27日申立人審問調書各参照)。
(3) 申立人が80万円を提供しその余の金額は相手方が負担して、売主上田博同川本信子から△△の土地65.91坪を坪当り1万7,000円で端数まで正確に112万0,470円にて購入し(昭和41年4月11日付上田博、川本信子両名作成名義金112万0,470円領収書参照)、昭和41年4月11日付で所有権移転登記を了した。
(4) その際土地の登記名義は、当時相手方において邦子との調停離婚手続中で慰謝料の支払額等の交渉の最中にありこれを相手方名義として邦子からの財産的請求に曝すことの不都合を避けるための配慮から、相手方の実母江藤松子の所有名義としていた(上田博、川本信子両名作成名義昭和41年4月11日付江藤松子宛不動産売渡証書写し、昭和63年5月13日相手方尋問調書第13項各参照)。
(5) 邦子との調停離婚成立後である昭和42年7月15日相手方は、土地の所有名義を松子から相手方に移転登記させている(昭和42年7月15日登記受付売渡人江藤松子買受人江藤正不動産売渡証書写し参照)。
上記(1)ないし(5)の事実に照らすと、△△の土地は、現在所有名義は相手方となつてはいるが、実質は申立人、相手方両名が婚姻生活を営むために主として申立人が購入資金を提供して取得した両名の共同財産であると認められ、婚姻を解消する場合には、財産分与の対象となるべきものである。
しかして、その分与に当たつては、両当事者間に協議が成立しないのであるから、特段の事由がないときは、衡平の見地からその出資の割合をもつて額を算定するのが相当である。
そうすると、申立人において、離婚に付き有責性その他特段の事情は認められない本件において、
申立人は△△の土地につき、時価の80万円/112万円(万未満端数切り捨て)、即ち、112分の80を取得すべきこととなる。
鑑定人○○○○の鑑定による時価の評価は、その鑑定評価書に則して適正なものとして長認できるところ、その評価額は、1,720万円である。
従つて、申立人が△△の土地に付き分与を受けるべき額は、
1,720万円×80/112 = 1,228万円(万未満端数切り捨て)となる。なお、付言するに、
△△の土地購入に際しては売買代金の他に、手数料・登記費用等を要していると考えられるが、殊更にこの点の算術的な正確さを期してはいないが、その余の土地の購入に際しても申立人から多少の出捐がなされていることが窺われないではないし(申立人相手方連記宛名金210万6,080円領収書参照)、申立人も相手方に自動車購入資金として当時の物価に従い金10万円を贈与していると認められ(昭和63年7月1日申立人審問調書第8項、同日相手方尋問調書第2項各参照)、これらの点を考慮すると、上記算出の配分額は大綱として均衡を失してはいないと思料する。しかして分与の形態は、相手方は中学時代の旧友竹川から2,000万円の融資を低利で受けて知人に合計1,300万円程度を貸付けたことがある旨言明しており、金融事情にも明るい等これら相手方の金融上の能力に鑑み、また申立人は○○を離れて一旦は××に居を移していることを考慮すると、申立人に対しては△△の土Vを現物で分与するよりも、その時価相当額から算出した上記金額1,228万円を現金でもつて分与するのが相当である。
そうすると、清算的財産分与としては、前示(一)の81万円との合計1309万円を申立人は受けるべきことになる。,
V 〔財産分与のその余の事情について〕
(一) ところで、先に〔婚姻及び離婚に至る経緯〕6項7項に考察したところからすれば、婚姻継続中に別居した相手方の方から離婚を求めていたことが窺われるにしても、本件の離婚は双方の合意に基づくものであり、離婚に付き有責性その他特段の事情は双方に認められず、双方とも慰謝的財産分与の点についてはこれを特に考慮すべき事由がないことに帰するので、本件においては財産分与の額の算定につき慰謝的事情を斟酌しないこととする。
(二) 続いて扶養的財産分与の点について検討するに、一件記録及び審理の結果から明らかなとおり、
(1) 申立人において、相手方との婚姻期間は19年6箇月に及び、もし離婚していなければ相手方の遺産に対する相応の相続権を得べき地位にあつた筈であるところ、
(2) また、婚姻生活上の申立人の寄与・貢献の点についても、前記婚姻・離婚に至る経緯に見たところから推認できるとおり、申立人は、相手方の先妻への離婚慰謝料支払いの間も、乏しい家計を切り盛りし、相手方と先妻との離婚交渉中から先妻の乳児富子を育て、相手方と婚姻後も富子の養育に尽くして短期大学を卒業させ、これらの間の足りない家計を、申立人の手持金或いは自らのパート労働の収入や肉親からの借金をもつて補い、少なくとも、相当程度は、主婦として家庭生活に貢献してきたものと思料され(なお、証人江藤富子尋問調書参照)、
(3) のみならず、申立人には不動産等めぼしい財産はない。即ち、
申立人は、実子が無く現在58歳であつて、自己所有の住居も老後の支えとなる不動産も所有していない。
他方、相手方は現在
<1> △△の土地(217.88m2)所在○○○区△△×丁目××××番××
<2> 同土地上の二階建居宅1戸(1階82.39m2、2階23.18m2)
<3> 宅地(185.00m2)所在○○○区○○×丁目×××番×
<4> 同土地上に居宅1戸
<5> 畑(184m2)所在○○○区○○×丁目×××番×
を相手方名義で所有している。相手方は上記<1><3><5>等土地の担保力を活用して自己のために数千万円の融資の途を開き事業の計画も有しているものの如くである。
申立人は、晩年になつて相手方から離婚を求められ、これまでの主婦の生活から急に独居の生活に変わり、将来の生活保障もその準備もなされていない(申立人は婚姻が当然継続するものと信じて老後の生活に向けての格別の畜えも手立ても講じていないまま、婚姻生活維持のために、自らの乏しい畜えの多くを費消してきた)状況にある。
(4) 申立人において、離婚に際して財産分与の約束が相手方によつて履行されないため、将来の生活設計が立たない。しかも、相手方から圧力を受けて遂に長年居住の○○市を離れた申立人は、本件財産分与の申立が審判によつて決着するまでは姉のもとに移り取敢えずうどん店に働き時間給の賃金を得て生活している状況にある。
上記(1)(2)(3)(4)の各事情を考慮すると本件においては、離婚後の扶養的分与として金100万円の限度でこれを申立人に取得させるのが相当である。
(三) さて、前記調停の経過中第6回及び第7回調停期日の各項において明らかにしたとおり、相手方の不誠実な対応のため、無駄となつてしまつた申立人の支出の昭和62年9月にかかる引越し費用の全額は、その原因を起こした相手方の負担において補填させるのが相当である。のみならず、第8回調停期日以降にも相手方はしばしば申立人の住居を訪れ明渡しを求めて嫌がらせなどに及んだ節も窺われるところ、相手方の圧力を受けて申立人は取り敢えずの職と住を得るため大阪の姉の許に転居するに至つた。これら大阪に移転した費用並びに上記引越しの費用(8万円を要したと供述している一昭和63年7月1日申立人審問調書第1項参照)との合計額は金20万円を下ることはない。相手方の背信的行為によつて出費するに至つたこれらの費用は、そのうち少なくとも金20万円を相手方に負担させるのが相当である。
VI 〔財産分与金総額並びに遅延損害金〕
そうすると、
事案の具体的内容に即して一切の事情を考慮すべき本件財産分与においては、清算的財産分与の額1,309万円の他に前記V(二)の100万円、(三)の20万円を加え、相手方が申立人に支払わねばならぬ総額は金1,429万円になるというべきである。
しかして、
相手方において、事ら自分のために財産分与の対象となる土地の担保力を既に活かして金融の道を開き他人に貸付けるなどの経済活動をしていること並びに念書の約束につきこれまでに示してきた不履行の姿勢に鑑みると、上記の金1,429万円については、その支払いの公正な履行を確保するためにも、この審判確定の日の翌日から民法所定五分の割合による遅延損害金の支払い義務を明らかにしておくことが相当である。
なお、「鑑定費用20万円の負担について」検討するに、鑑定人○○○○に支給した鑑定費用金20万円の支出は、両当事者の衡平な財産分与額の算定に寄与しているので、これを両当事者に均等に負担させることとする。
第三「結論」
よつて、本件財産分与として、相手方をして申立人に対し、総額金1,429万円並びにこれに対するこの審判確定の日の翌日から民法所定五分の割合による遅延損害金を支払わせることとし、鑑定人○○○○に支給した鑑定費用金20万円の負担につき、家事審判法第7条、非訟事件手続法第27条を適用して、主文のとおり審判する。
(家事審判官 補島三郎)